




ヘンリー・オー Henry O シー氏
この作品でサン・セバスチャン映画祭の最優秀男優賞を受賞。彼は中国で育ちイギリス系とアメリカ系ミッションスクールで学んだ。上海の児童芸術劇場で俳優として働き始め、その後30年間、美術監督助手を務めた。当初は妻と一緒に孫を世話するための渡米だったが、地域の演劇団体からオーディションの誘いをうけ、継続的に舞台、映画、テレビで活躍している。主な出演作に『ラスト・エンペラー』(87)『ヒマラヤ杉に降る雪』(99)『ブロークダウン・パレス』(99)『ロミオ・マスト・ダイ』(00)『シャンハイ・ヌーン』(00)『ラッシュ・アワー3』などがある。また、テレビシリーズの「ソプラノズ」「ER」などにもゲスト出演し、最新作はローランド・エメリッヒ監督の『2012』。
フェイ・ユー Faye Yu イーラン
中国・杭州で生まれたフェイは、8歳のときに「Bamboo」でデビュー。北京電影学院で演技を学び、英語習得のためロサンゼルスへ短期留学する。その後アメリカ、アジアを問わず数多くの映画に出演。主な作品にアンディ・ラウと共演した『アンディ・ラウ/天與地(てんとち)』(94)やメイベル・チャンの「北京ロック」(00)などがある。ワン監督との最初の仕事は『ジョイ・ラック・クラブ』のインイン役。その後しばらく北京電影学院で教鞭をとったが、女優としてのキャリアを積むためにアメリカに移住し、現在はロサンゼルス在住。
ヴィダ・ガレマニ Vida Ghahremani マダム
ティーンエイジャーだった1960年代に映画デビューを果たし、革命以前のイランで人気、実力ともトップクラスの女優だった。20年以上スクリーンからは遠ざかっていたが1989年にアメリカのテレビドラマ「Dark Holiday」で復帰し、その後もいくつかのテレビや映画に出演した。最新作はサイラス・ナウレステ監督の「The Stoning of Soraya M.」(08)。カリフォルニア州プリザントンのペルシャセンターで演劇創作とペルシャ語を教えており、3人の子を持つ母でもある。
パシャ・リチニコフ Pasha Lychnikoff ボリス
1967年モスクワ生まれ。モスクワ演劇アカデミーで訓練を積み、ドストエフスキーの「罪と罰」などの舞台に出演する。1990年代はじめに、俳優としてのキャリアを積むため、アメリカへ移住。はじめてJFK空港に降り立った時、彼のポケットにあったのは5ドルだけで、ほとんど英語も話せなかった。その後、着実にキャリアを積み、マイク・ニコルズの『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)『インディー・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』(08)『スター・トレック』(09)に出演。「The Shelter」で舞台の演出家としてもデビューを果たし、ロサンゼルスの演劇関係者によって選ばれるオヴェーション賞で5部門にノミネートされた。
ウェイン・ワン Wayne Wang 監督/プロデューサー
1949年の中国共産党による建国から逃れた家族の元で香港に生まれる。高校を卒業した18歳のとき、カリフォルニア州ロスアルトスに移る。急進派クエーカー教徒の牧場に2年間住み込み、家賃の代わりに雑用をこなしながら近くのカレッジへ通った。
その後、オークランドのカリフォルニア美術工芸大学で映画制作を学ぶ。この時期にフランスのヌーヴェルヴァーグやニュー・ジャーマン・シネマ、溝口健二、小津安二郎、サタジット・レイなどの作品をむさぼるように見た。
彼の処女作はリック・シュミットRick Schmidtと共同監督した卒業制作の「A Man, A Woman, a Killer」(75)。修士号を取った後香港へ戻り、公営の放送局R.T.H.K.(香港ラジオテレビ)に入社。この局はのちに、“香港ニューウェーブ”と呼ばれ、映画学校で学んだ若い監督達の作品の発信基地となった。この間、ワンは「Below the Lion Rock」(獅子山下)など、普通の香港市民の日常を描いたリアリティ溢れるドラマシリーズを監督している。
窮屈な創作環境と英国植民地の官僚社会に不満をもった彼は、再びアメリカに渡り、サンフランシスコのチャイナタウンで社会福祉の職に就く。そこでのアジアの新移民達との経験にヒントを得て、批評家に絶賛されたワンの第2作「Chan is Missing」(82)が作られた。この作品は、サンフランシスコのチャイナタウンで2人のタクシー運転手が、彼らの稼いだ現金を持って消えたミステリアスなチャンという男を探す物語だ。
続いて撮った中国系アメリカ人母娘の関係を描いたファミリーコメディ「Dim Sum: A Little Bit of Heart」 (85)で監督としての名声を築いた。
彼は、『ジョイ・ラック・クラブ』(93)のような米国に暮らす中国人を描いた作品で知られるが、ハーヴェイ・カイテル主演でブルックリンを舞台とした『スモーク』(95)や『ブルー・イン・ザ・フェイス』(95)といった一風変わった独立系作品や、ジェニファー・ロペス主演のハリウッドスタイルのロマンティック・コメディ『メイド・イン・マンハッタン』(02)も作っている。妻は自身の3作品「Dim Sum」『夜明けのスローボート』『命は安く、トイレットペーパーは高い』に出演している元女優のコラ・ミャオ。彼らはサンフランシスコとニューヨークに住んでいる。
- 『千年の祈り』A Thousand Years of Good Prayers (2007)
- Princess of Nebraska (2007)
- 「ラスト・ホリデイ」Last Holiday (2006)
- 「きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏」
- Because of Winn-Dixie (2005)
- 『メイド・イン・マンハッタン』Maid in Manhattan (2002)
- 『赤い部屋の恋人』The Center of the World (2001)
- 『地上より何処かで』Anywhere But Here (1999)
- 『チャイニーズ・ボックス』Chinese Box (1997)
- 『ブルー・イン・ザ・フェイス』Blue in the Face (1995)
- 『スモーク』Smoke (1995)
- 『ジョイ・ラック・クラブ』The Joy Luck Club (1993)
- Life Is Cheap... But Toilet Paper Is Expensive (1989)
- 『夜明けのスローボート』Eat a Bowl of Tea (1989)
- Dim Sum Take Out (1988)
- 『スラムダンス』Slam Dance (1987)
- Dim Sum: A Little Bit of Heart (1985)
- Chan Is Missing (1982)
- A Man, a Woman, and a Killer (1975)
イーユン・リー YIYUN LI 原作/脚本
1996年、免疫学の博士号取得のため中国からアイオワ大学に留学。当時は博士課程修了後、医療分野で研究職に就きたいと考えていた。しかし運命は彼女に全く別のプランを与えた。“私は誤って地域の執筆クラスへ入ってしまったのです。そこで執筆の授業にのめり込み、キャリアの方向転換を真剣に考えるようになりました。”
アメリカで最も有名な執筆プログラムのうちの2つ(アイオワ・ライターズ・ワークショップとアイオワ大学でMFA)を取得。この間、彼女は教師達からたくさんの激励と支援を得た。そのうちの一人は、ピューリッツァー賞受賞者であるジェイムズ・マクファースンで、彼はリーの処女作である「不滅」に感銘を受け、彼女に執筆を続けるようにと励ました。“あのときから、書きたいという感情に何の迷いもなくなりました。そしてより上手に書きたくなったのです”と語る。彼女はアイルランド人作家のウィリアム・トレヴァーを、自身の最も重要な文学のロールモデルに挙げている。“私は自分自身の物語を紡ぐために、彼の著作を繰り返し読んでいます。”
彼女のデビュー作であり、中国とアメリカに住む現代の中国人の生き様を描いた短編集「千年の祈り」は、多くの批評家の賞賛を得た。The Times of London(2006年1月14日号)では“リーの作品にはむだがなく抑制が効いて美しい。人生や性格が歴史的変化によってどのように形作られていくかを、歴史書には記録されない親密な方法を用いて、彼女は表現している。”と評されている。この短編集は、フランク・オコナー国際短編賞、PEN/ヘミングウェイ賞、ガーディアン新人賞などを受賞した。また彼女は最近、グランタによる「もっとも有望な若手アメリカ作家」の一人に選ばれた。
本のタイトルとなっている小説「千年の祈り」では、イーランのキャラクターが作者自身の経験を反映している。例えば、北京からアメリカへ留学のために移り住み、そこに留まり働いているところだ。また別の類似点は、英語という新世界の言語を使うことでより自由に表現できるという感覚である。リーは言う。“私にとって、英語で書くということは最も解放的な経験です。政治的・文化的な圧力から、中国語で書くときには意識的に自分で検閲してきた物事を、英語では自由に表現できるのです。”
この小説の映画化権を得た後、ウェイン・ワン監督はリーに脚本を書いてくれるよう依頼した。彼女は今までに一度も脚本執筆の経験はなかったが、ワンは彼女ならできるという自信があった。そして彼女に脚本執筆用のソフトウェアと、自分の好きな脚本をいくつか渡した。
現在、リーは夫と二人の息子と共にカリフォルニアのオークランドに住み、ミルズ・カレッジでMFAプログラムの教鞭を執っている。
パトリック・リンデンマイヤー Patrick Lindenmaier 撮影監督
スイス出身。1987年から撮影技師として17本の長編スイス映画、ドキュメンタリーやTV作品に携わる。ウェイン・ワン作品に関わるのは『赤い部屋の恋人』のポストプロダクション・コンサルタントに続く2本目。
デイルドゥレ・スレヴン Deirdre Slevin 編集
1996年より長編映画の編集に携わる。『コップランド』(97)『マップ・オブ・ザ・ワールド』(99)『光の旅人 K-PAX』(01)『メイド・イン・マンハッタン』(02)などでアシスタントを務めた。初めての長編映画は、ジュディ・デイヴィス出演でスーザン・シーデルマン監督のインディペンデント作品『ガウディアフタヌーン』(01)。本作が「きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏」(05)、『ラスト・ホリデイ』(06)などに続きワン監督作品への5度目の参加となる。
小谷靖 エグゼクティブ プロデューサー
投資銀行の社員だった2000年に、コンテンツ市場への投資を行う株式会社ジャパン・デジタル・コンテンツに入社。コンテンツ・ファイナンスやプロジェクト・ファイナンスに関する経済産業省関連のワーキング・グループ、調査研究に参加。2002年に株式会社Entertainment Farmを設立した。
孫泰蔵 エグゼクティブ プロデューサー
ベンチャー企業に投資する、ブロードバンドエンターテインメント事業持株会社のアジアングルーヴ株式会社の創業者・CEO。情報テクノロジー分野における経験豊富な企業家であり、世界中の多くの重要な戦略的パートナーと提携関係を築いている。
木藤幸江 プロデューサー
立教大学を卒業後渡米、ロサンゼルスで映画の買い付けや製作に携わる。代表作はイーサン・ホーク監督『痛いほどきみが好きなのに』08年の『トウキョウソナタ』が、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。
リッチ・コーワン RICH COWAN プロデューサー
North by Northwest Productionsの社長で、1990年の会社設立以来、数多くの長編映画・ドキュメンタリーのヒット作をプロデュースしている。

